愛しの洗面所よ、さようなら
            其々の時の流れ 個々の日々の忙しなさの中
            あらゆる人を許容し 愛を生み出す行為の尊さ
            いつも安堵させてくれてどうもありがとう
            愛は熱を帯び、かたちを変えて川の水のように流れていく
            時より触れ 熱を確かめながら
            その流れを眺めるのが何よりも心地よいな
            
            そしてありがたいことに 私達には明日がある
            だから、冷えたビールなんて飲みながら
            どうでもいいような大切な話をしよう
        
      出窓にある観葉植物を撫でながら、
            彼女は缶ビールを飲んでいる。
            
            「まだ明るい時間に、品の良い蕎麦屋で瓶ビールをグラスに注ぐ時、大人になって良かったんだと心から思う。
            だけれど同時にね、今が、今、であることが信じられなくて思わず泣きそうになる。」
            「ファミリーレストランでキッズプレートを頼んでいた頃は、朝が来るのも、夜が来るのも嬉しくて。
            色んなことがあったはずなのに、周りには愛が溢れていたことしか覚えていないの。」
            「物事や時代に、終わりがあるなんて考えた事もなかった。
            私はこれから先、本当の哀しみにしっかりと微笑んだり、今は想像もつかないような幸福に泣いてしまったりするのかなあ。」
            
            彼女は諦めたように微笑みながら、
            少しぬるくなった缶ビールに口をつけた。
            「そんなことを考えていたって、仕方がないのにね。」
        
      大きな月
            石油の匂い
            頬が切れるような冬の風
            
            ライトの付かない自転車と忘れてきてしまった赤い手袋
            一つも車のいない広く静かな道路の真ん中で
            本当の優しさは自発的なものだと確信する
            小さな猫
            欠けたマグカップ
            少し甘すぎるフレンチトースト
            
            あの人は温かい紅茶には確実にレモンを浮かべて
            その一口一口を大切すぎるかのように飲んでいた
            自分の保ち方がとても上手な人だった
            
            心無い浅はかさが身に降りかかれば
            口を開かず笑みを浮かべているだけ
            
            誰かが罵り嘲るなかで
            限りある人生を謳歌する